2010年8月1日日曜日

自分の思考の癖

僕が思考するとき、メタファーはかなり重要な要素だ。

メタファーが重要なのは全く別の事象との共通点を考える。「構造」なんていくつかの単純な要素の無限の組み合わせで、必ず似たようなパターンが存在する、と意気込むことが重要。未知のものに既知のモノの似たような要素を発見した時、既知のモノの全体の構造を未知のモノにも当てはめてみる。それを繰り返すと、未知のモノの全体像を描くことができるかもしれない(そりゃできないこともあるよ)。その後、可視的なデータや経験則で共感しやすいストーリーを用いてdescribeする。でも実際は客観的なデータの使い方がへたで全体像やそのブランチの説明がうまくできないことがある。



具体的な例で言うと以下のよう。僕のディスカッションの傾向として、具体的な全体像が頭に浮かんでいるのに説明しきれないことが多い。一瞬のうちに、同時多発的に別々のブランチのアイデアが出てくる。口が追いつかない、語彙が足りない、効率的で端的で論理的な説明がすごいへたくそ。制限時間つきのディスカッションなどではいつも残尿感が残る。



僕の課題は説明に耐えうる語彙を養うこと、論理的に考えること、短い文字数で多くの共通理解を作ること、それからデータの読み取りの速度(おっそい!)。


メタファーに依存した思考の癖があるから、僕が物事を理解するにはストーリーなどの具体例とその分の時間が他の人以上に必要。要するに理解に要する時間が他の人に比べて長い場合が多いということです。そのかわり何かを新しそうな事(それぞれの要素自体は新しくないかもしれないが)を考えるのは得意です。分解したものをごちゃごちゃにして別のモノを組み立てるのが早い。


思考はダリ、ミロ、ピカソのスペイン絵画のシュールレアリズムの技法に似てますが、嗜好は写実主義、印象派のフランス絵画です。

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